短期大学の創始者、田中千代先生は、1935年(昭和10年)日本で初めてファッションショーを開いたデザイナーです。
1952年~1959年は、当時の皇后殿下(香淳皇太后)のお召し物相談役として、洋装のデザインを担当されました。
また、民族衣装の研究にも尽力を尽くされた他、テレビ、ラジオの出演や、服飾に関する多数の著書を出版されるなど、日本のファッション業界や服飾教育において、偉大な業績を残されました。
田中千代略歴
1906年 8月9日 男爵・松井慶四郎・照子の4人兄弟の長女として生まれる
当時、慶四郎は外務省に勤務(パリ駐在員)
1913年 雙葉小学校(現在の雙葉学園)に入学
1923年 雙葉高等学校卒業
1924年 10月 経済地理学者の田中薫と結婚
1925年 長男 久を出産
1927年 東京・御茶ノ水文化学院大学部に入学
1928年 田中薫の留学に同行し、渡欧。渡欧中に語学、服飾デザインを学ぶ
1929年 パリに滞在
1931年 田中薫の渡米に同行し、ニューヨーク「トラぺーゲン・スクール・オブ・
ファッション」に学ぶ 9月帰国
1932年 鐘淵紡績の顧問となる
5月、自宅(神戸市)で洋裁研究グループ「皐会」を発足
1933年 阪急百貨店、婦人服部の初代デザイナーとなる
1934年 1月~10月パリに駐在「エコールド・ドゥ・グエール・ラビーニュ」に学ぶ
1935年 帝国ホテルにて、日本人初のフロアーショーを開催
デザイナーとしての活躍と共に、洋裁の普及に力をそそぐ
1937年 10月(現在の神戸市)に田中千代洋裁研究所を開設
1948年 芦屋市に「財団法人田中千代学園を設立、理事長・学園長となる
後の「学校法人 田中千代学園」
1952年 皇后殿下(香淳皇太后)のお召し物相談役として、洋装のデザインを担当
1955年 日本初の総合服飾辞典「図解服飾辞典」を発行(現在、「新・田中千代服飾辞典」)
1957年 東京渋谷に「東京田中千代服飾学園」開校(現在、「渋谷ファッション&アート専門学校」)
1960年代 日本文化使節として海外で日本の美を紹介する作品ショーを開催
1972年 東京町田市に「田中千代学園短期大学」開校 (2010年閉校)
1977年 「勲三等瑞宝章」を受章
1982年 創立50周年記念ショー「1932~1982 50年のモードの歩み」を開催
9月 田中薫永眠
1991年 東京都より名誉都民となる
1999年 6月28日92歳にて永眠